怒ったCEO、コーヒーカップを投げつける(の巻)

買収先のCEO(白人男性)のパフォーマンスが悪く、事業計画未達が何期か続いた。よく聞く話である。このケースではNYSE上場企業が、日本企業の子会社になるということで、右腕のCFOが去り、CEOをサポートする名門大卒のVPも去って行った。アメリカ人から見た日本企業の位置付けの現実を思い知らされたが、今日の本題からそれるのでこれ以上は触れないでおこう。

日本人には出来ないだろうというので、ゴールデン・パラシュートを満幅に広げさせ、リテンション契約を締結し、そのまま続投させていた。だが、買収を境に業績は転落の一途を辿った。◯◯ミリオンドルもの営業利益を出していたのに、赤字転落かという状況にまて落ち込んだ。そしていよいよ日本の本社のトップがガマンできなくなってきた。有り体に言えば、堪忍袋の緒が切れたのである。

この時の本社の考えは、高い報酬を支払い、リテンション・ボーナスまで出しているんだから、業績にコミットして貰おうというものだった。だって他に誰がいるんだ?という感じ。これが有効に働くには、1) インセンティブを機能させること、2) 当該本人に能力はあるが単に本気になっていないだけ、という条件が揃う必要がある。むろん、そんなことは怠け者が妄想する理想論でしかない。間もなく、更迭(replace)を前提にした仕込みに入った。くだんのCEOの雇用契約書を読み返してみると、「相当な事由による解雇」(For Cause)が、なかなか難しいことに気づく。事業計画との乖離、業績悪化。確かにけしからん。だが、弁明材料はいくらでもある。製品力が競合より劣っている、市況そのものが悪い、十分な販促金の源資がない、製品原価/FOBが高い、など事欠かないものだ。人はどんな時にも自己正当化する生き物だが、彼らはその達人でもある。「会社都合による解雇」(Without Cause)なら退職金はもとより報酬や賞与を満額支払うことになり、いかにも口惜しい。信頼のおける米国人弁護士(もちろん解雇を含む幹部人事専門で20年のキャリア)にも確認しながら、手順を整えた。

まずは、じわじわとメールで締め付けた。興味深い現実として、最初はDearがついていたが、やがてDearが取れてMrだけになり、最後にはそのMrも外され、苗字が呼び捨てされた。いやはや、これはわかりやすい。おそらくファーストネームとラストネームの区別もわからなかったんだろう。それで、日本人をあからさまに見下しているこの現地CEOに、プレッシャーをかけるべく通告をする日が来た。まず、ワンストライク。カウントを告げるのだ。

本社ビルの外には青空が広がっていた。二人だけで対面すると、いきなり馬鹿な日本人に教えてやるとばかり自分の考えをまくしたててくる。こちらは冷静だ。「そうか、それはあなたの考えだ。私の考えと違うようだ」そう言ったとたん、こめかみをピクピクさせて怒りをあらわにした。殴りかかってくるかと思わず身構えたが、最低限の自制心は持ちあわせていたようで助かった。手ぶらだったのも幸いした。たったひとつ、手にしていたコーヒーカップを投げつけて寄越し、憤慨したまま席を立って廊下に出ると、どこかに消えてしまった。

いいニュースとしては、しばらくすると彼が自ら辞めていったこと、その時のコーヒーカップは飲み終えていたらしく大してズボンが汚れずに済んだこと、である。